お客様の反論には必ず「背景」がある
営業に携わっている方なら「オブジェクションハンドリング」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。これはお客様への提案に対して出てくる異論や反論に対応する技術ですが、その使い方には注意が必要です。
というのも、お客様が何かしら購入に対して躊躇や抵抗を示す場合、営業としては当然、それを購入に導きたいと考えます。そのためにオブジェクションハンドリングを用いるのですが、強引な説得やお客様の意に反して何かを売り込むような形になると望ましい結果にはなりません。
お客様が懸念や反論を口にする際には、必ず何かしらの背景があります。まずはその背景を理解することが重要です。
初めに、お客様の「拒絶の強さ」を分類してみましょう。
①一時の感情
- 提案内容に対する賛成や反対が明確ではない
- なんとなく説得されたくない
- 単に考える時間が欲しい
このようなお客様は、提案自体に反対しているわけではなく、「今のまま流されて決めること」への抵抗を感じています。そのような場合によく出る台詞としては「もう少し腹落ちしたい」というものがあります。
この場合、無理に「今すぐ決めてください」と迫ったり、「今ならキャンペーンで安くなりますよ」と即決を求めても、お客様にとっては良い買い物にはなりづらいです。お客様の心にあることをすっきりと吐き出してもらい、それを一緒に整理することが重要です。
②損得勘定
- 損をする可能性を避けたい
- 今の選択肢に満足しており、それを手放したくない
- 自分の立場を脅かされたくない
このようなお客様はメリットとデメリットを比較し、結果的に現状維持を選びがちです。よく聞かれるのは「過去に前例がないので…」「今のやり方をもう少し続けたい…」といった言葉です。
人の心理に「現状バイアス」というものがあります。「現状バイアス」によると、人は損失の2.6倍の利益がないと動かないことがあるという調査結果があります。
この場合、メリットとデメリットを洗い出し、メリットが大幅に上回ることを示す必要があります。一方で、「そんなに大きなメリットを示せない」ということもあります。
そのような場合、お客様との関係性を見直すことが重要です。お客様が「この営業は自分のことをわかってくれている」と感じることができると、提案を受け入れる心理的なコストが大きく低下します。
③価値観や信条
- 自分が大切にしている考え方に反したくない
- 過去のトラウマ体験に照らして抵抗を感じる
- 過去の言動と矛盾したくない
このようなお客様は、過去の経験に基づく負の感情を抱いていることが多いです。よく聞かれる台詞に「以前にも同じことを試してみたが、うまくいかなかった」というものがあります。
このような場合、まず「過去の出来事」に関する詳細な情報を把握することが重要です。影響を与えた過去の出来事や言動を掘り下げ、そこに「思い込み」が発生していることに気づいていただくことが必要です。そして、今回の提案がお客様の価値観や信条と矛盾しないことを示すことが重要です。
お客様が反論を持つに至った背景を理解しよう
お客様の立場に立ってみると、例えば「この商品を使いこなせるか自信がない」と言った場合、営業が即座に「大丈夫ですよ」と返し、「こうすれば使いこなせます」と説明されたとしても、その回答がどれだけ正しくても「不安な気持ちを理解してもらえた」とは感じられません。
人は誰しも、自分の存在を大切に扱ってもらいたいという根源的な欲求を持っています。そのため懸念や反論をしっかりと受け止め、その背景にあるものをしっかりと理解する姿勢がお客様との信頼関係を築く上で重要です。
その際に重要なのは、「どこまでいったらお客様のことを理解したと言えるのか」という点です。
これは非常に判断が難しい部分です。明確な線引きができるわけではありません。
しかし、ひとつの目安はあります。それは「お客様がその感情が形成されるに至った過去の出来事について話してくださるまで」です。お客様の感情がどのような過去の出来事から生まれたのか、その背景が明らかになるまで聞くことが1つの基準になります。
「感情の根拠」となっている出来事まで掘り下げる
例えば、お客様に便利なITツールを提案しても「確かに便利そうで課題解決になるかもしれませんが、うちの社員はITリテラシーが高くないので…」と懸念を示されることがあるでしょう。
それに対して、「いえ、大丈夫です。当社のツールは使いやすく、ITリテラシーが高くない方でも問題なく使えますよ」とすぐに返答したらどうでしょうか。お客様は少し不満に感じるかもしれません。
そこで、「使いこなせないかもしれないとおっしゃいましたが、もう少し詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」と深掘りしてみます。
それに対してお客様が「ベテラン社員は、新しいツールにすぐ慣れるのは難しいんですよ」と言ったとします。そこで「当社のツールは、ベテラン社員の多い会社でもしっかり使いこなされています」と言いたくなるかもしれませんが、ここは少し我慢して、「なぜそう感じられたのでしょうか?」とさらに聞いてみます。
すると、「実は、昨年も似たようなツールを導入しましたが、失敗してしまったんです」といった背景が出てくるかもしれません。ここでようやく、お客様の感情や懸念がどのようにして形成されたのか、その背景にある過去の出来事が明らかになります。
まずは、最低限ここまでしっかり理解することが重要です。なぜかというと、そのような事実というのはお客様の中で非常に強い感情の根拠になっていることが多いのですが、話してもらわない限り営業としてはそれに気づくことができません。また、お客様自身もその問題が自分の心の中では確固たる過去の事実として存在しているものの、それを他者に対して明らかにしていないことを普段は意識していないのです。
人は自分の意見をいきなり説得されると、軽く扱われていると感じてしまいます。だからこそ、まずはお客様が過去の出来事を自分の言葉で話してくださるまで、しっかりと耳を傾けて聞くことが重要です。
お客様の「思い込み」を解きほぐそう
ここで「でも、話を聞くのはいいけど、どうやってそこから成約に結びつけるんですか?」と思われるかもしれません。
過去の出来事が話に出てきた際に大事なポイントは、お客様がそういった感情を持つに至った背景があったとしても、それと今回の提案は冷静に考えれば別の話だということです。
全く別の話が、お客様の中では結びついてしまっているのです。その結びつきをお客様に気づいていただくことが重要です。つまり、「過去にうまくいかなかったから今回も同じだろう」と考えてしまうのは思い込みだということです。
そのため、先ほどの例のようにお客様の背景にあるものを理解できるまで話を深掘りしましょう。話が進んでいくと、自然と今回の提案とは無関係であるということが見えてくるはずです。
例えば、「新しいツールの導入」という抽象的な例であれば、過去の出来事と同じように感じるかもしれません。しかし、過去の出来事を詳しく掘り下げていくと、今回の提案はツールの種類も違うし、提案してくる会社の規模も違い、サービスの内容や細かな機能も異なり、実際には多くの違いがあるということが明らかになるはずです。
つまり、お客様の解釈や価値観には何らかの誤解が生じている可能性が高いのです。だからこそ、冷静に話を聞きながら、その誤解のポイントを見つけていくことが重要です。
人には他人に言われたことにはすぐに納得しないものの、自分で言ったことは守りたいという傾向があります。そのため、営業側から無理に説得しようとするのではなく、お客様自身から話していただくことが重要です。
この一連のプロセスについては『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング)という本の中で具体例とともに紹介していますので、もしご興味があれば参考にしてみてください。