「予算がどのように決まるか」を理解する
営業が商談中に押さえておくべきヒアリング項目としてBANT情報(予算・決裁者・ニーズ・時期)があります。特にニーズと時期は比較的聞きやすいですが、予算と決裁者については「聞き方」と「聞くタイミング」が難しいことが多いです。予算の聞き方を誤ると、単価や受注率が低下するリスクがあるため注意が必要です。
「予算の聞き方」を考える上で、まず「予算がどのように決まるか」を理解することが重要です。予算は通常、「過去に他の会社が提出した見積もり」を参考にして決まります。以下に、いくつかのケースを紹介します。
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予算額を決めるための提案依頼(営業発信)
これは、購買計画がない状態で、営業から「提案があります」とアプローチが来る場合です。このタイプの案件では、お客様に「予算はいくらですか?」と尋ねても、明確な答えが返ってくることは少ないです。通常、営業が提出した見積もりが予算として採用されることが多く、提示する金額が高ければ、それに伴って予算も大きくなります。
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予算額を決めるための提案依頼(購買発信)
このケースでは、顧客側が購買計画を立てるために「まずはいくらかかるのか」の見積もりを求めます。この場合、営業が提出する提案見積もりはその場で真剣に検討されることは少なく、まずは「相場がこのくらい」という社内確認が行われ、その後本格的な検討が始まります。
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予算額が決まった状態での提案依頼(過去)
過去に発注したことのある企業でいくらかかったかが基準となるケースです。この場合、顧客側には「相場観」があり、品質と価格の費用対効果がある程度具体的に言語化されています。予算を増やしたい場合には、納得のいく明確なロジックが必要となります。
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予算額が決まった状態での提案依頼(現在)
このケースでは、既に有望な一番手企業がいて、その企業が提示した見積もりが基準となっています。この場合、競合企業に発注される可能性が高くなるため、予算の話をする前に、まずは一番手の提案内容を凌駕する必要があります。
予算額を決めるための提案依頼の場合
「いくらを超えると検討の対象外になりますか?例えば、A円、B円など、金額によってもレベル感が変わってきますが…」といった形で、選択肢付きの質問をします。Aは予想金額の2〜5倍、Bは1.2〜1.5倍程度の金額を設定します。ただし、この質問をするタイミングには注意が必要で、提案の価値が十分に伝わり、お客様から「真剣に検討したい」というサインが出てから行うのが理想です。そうでなければ、「まずは御社がいくらでできるかを提示してください」と返されるリスクがあります。価値が響くまでしっかりと訴求することが求められます。
予算額が決まった状態での提案依頼の場合
このケースでは予算金額よりも先に、その金額の基準となっている他社がどこかをヒアリングすることが重要です。「今回のような案件ですと、A社さんやB社さんが候補ですか?」と尋ねます。A社は「業界で最も高い企業」、B社は「低価格だが品質が劣る企業」と設定することで、顧客からの回答を得やすくします。この質問もタイミングが重要で、他社の存在があるにも関わらず自社への期待が高そうに感じられる発言が出た時点で聞くのが理想です。他社に比べて大きな価値を訴求し、「むしろ御社に発注したい」という意向が引き出せるまで、しっかりと頑張ります。
予算のヒアリングにおいては、まず「予算がどのように決まっているのか」を理解し、どのケースに該当するかを見極めることが重要です。ある程度の価値訴求ができてから、予算について質問することが必要です。これを無視して単に「ご予算はいくらですか?」と聞いても、有意義な回答を得るのは難しいでしょう。
具体的な金額を引き出すためには、以下のような「特定質問」が有効です。
「特定質問」の具体例
具体的な金額を聞く際には以下のような「特定質問」をしましょう。
- 「この金額を超えたら検討の対象外」というラインはどれくらいですか?(条件付きオープンクエスチョン)
- ご予算は、100万円と300万円のどちらに近いですか?(選択肢付きクローズドクエスチョン)
「制約条件」である予算は変動する
予算とは何かと言うと、「制約条件」と言えます。状況によってはその制約条件は変わり得るものです。例えば、やり方次第で予算が増えたり減ったり、あるいは突然生まれたり消えたりすることもあります。
この考え方を前提にすると、予算の金額が多ければできることの幅が広がり、逆に少なければその幅は狭くなります。営業や購買担当にとって重要なのは、個人の買い物や貯金と、会社のお金を使うことの違いをしっかりと理解することです。
会社のお金を使う際には必ず何らかの説明責任が伴います。たとえオーナー社長が自由にお金を使う場合でも、何らかの形で会社に対して「これはこういう理由で必要な支出だ」と説明できなければ、いずれ問題が生じます。また、経営者以外の方が会社の許可を得て予算を確保し支出する場合、どのような目的で、どのくらいのリターンが見込めるかが問われます。
お金を使う際の大前提としてその支出に対するリターン、いわゆる投資対効果(ROI)をうまく描けないと、予算という制約条件が狭く設定される可能性があります。逆にリターンが見込めるのであれば、積極的に予算が確保されることもあるでしょう。
つまり、まずお金の話をする前に、その投資に対してどれだけ魅力的なリターンがあるのかを明確に示すことが非常に重要です。これをお金の額が具体的になる前にどれだけお客様に伝えられるかがポイントになります。お客様の立場からすれば、費用が不明確な段階では慎重にならざるを得ません。その際、「多くの予算をいただければ素晴らしいことができます」といった曖昧な言い方では、「まずは確実にできることを教えてください」という反応を引き出してしまいます。現実味がない提案は、信頼を得るのが難しいのです。
過去の成功パターンや失敗パターンを知る
そこで有効なアプローチは過去の経験をお聞きすることです。
多くの経営者と話をしていると、お金を使うことの難しさを感じているようです。
つまり、失敗が多いわけです。だからこそ、お客様に過去の会社でのお金の使い方についてどんな投資が成功したか、あるいは失敗したかを詳しく聞くことが重要です。例えば外部に依頼して失敗した経験がトラウマになり、以後外部にお金を払うことに消極的になっているお客様もいます。こうした過去の失敗経験を聞かずに「このお客様は過去に失敗したので、お金を使いたがらない」と判断してしまうのは非常にもったいないことです。どんな失敗があったのかを詳しく聞き、理解することが重要です。
逆に、お金を使って成功した経験がある場合もそれを聞いておくべきです。つまり、お金を投じた結果どのようなリターンが得られたのか、あるいは得られなかったのかについての情報を徹底的に集めるのです。
自分自身でお金を使ってリターンを得る経験を積むことで金銭感覚が磨かれますが、多くのビジネスパーソンにとってそれは簡単なことではありません。会社のお金を使う立場にある人は限られているからです。
そこで営業にとって重要なのはお客様から得た情報を蓄積し、お金の使い方やそれに伴う成功や失敗のパターンをしっかりと集めることです。こうした情報を集めることで、成功のポイントや失敗の要因が見えてくるようになります。
「境界線」を明確にする
弊社で扱っている研修やコンサルティングに関して言えば、成功の鍵となるのはお客様が外部の会社が何をしてくれるのか、そして自分たちが何をしなければならないのかを正確に認識しているかどうかです。期待していた以上のことを外部の会社がやってくれると思っていたのにそうではなかった、あるいは自分たちがどこまで関与する必要があるのかを誤解していた、というのは典型的な失敗例です。これはいわば「境界線の問題」であり、この境界線を正確に理解しているお客様は成功しやすいのです。
この境界線に関する認識の違いがあるとうまくいかないケースが増えるため、営業としては境界線をお客様に理解してもらうことが重要です。お客様がこれを理解するとお金を使うことに対する現実感が生まれ、具体的な金額を検討する際のベースになります。
例えば、お客様に「今回のご予算はどれくらいでお考えですか?」と尋ねた時、「まだ決まっていません」や「それよりも御社が何を提供できるかを教えてください」という返答が返ってくることがあります。こうした状況では、見積もりを出しても話がうまく進まないことがあります。
しかし、投資の成功や失敗に関する豊富な情報を持っている営業は、お客様から見て「成功に必要な重要な情報を持っている人」として信頼されます。すると、お客様は「この営業と一緒に進めればうまくいくかもしれない」と感じるようになり、適切な予算を確保するために上司を説得して動かしたりする可能性が高まります。
最終的には「この営業と組むことで成功する予感があるかどうか」がお客様の決定に大きく影響するのです。