営業で重要なのは「お客様をとことん理解すること」
「サービスを導入しても使いこなすことが難しそう」と言われた際に、すぐに「大丈夫です!当社のものは簡単にお使いいただけます!」と説得しようとするのは危険です。条件反射で相手を論破しようとする姿勢は要注意です。営業においては「深掘りと対話」が何よりも重要です。
最初にテクニカルな話をすると、お客様は迷いが生じやすくなります。人は矛盾(認知的不協和)が生じた時、その矛盾を解消しようとします。商談においては、お客様は買うかどうか迷ったら「もう少し検討します(=とりあえず保留)」という落とし所を選ぶことが多いです。

認知的不協和の特徴として「情報が追加されることで結論が変わる」という性質があります。例えば、ダイエットを先延ばしにしていた人が健康診断の結果を見て節制を決意するようなケースです。オブジェクションハンドリングもこれと同様に、お客様の懸念に対して購買を促すための適切な情報を追加する行為です。

お客様が何に迷っているのかを正確に把握できないまま表面的な対応だけを繰り返すことはリスクがあります。お客様は「自分の意見」と「自分とは異なる営業の意見」の矛盾を感じた場合、「営業の意見が間違っている」と考えがちです。この状態になると、お客様を納得させるのは非常に難しくなります。

お客様が心の中で「営業の言っていることは一見正しいが、自社には当てはまらない」と感じた瞬間、心が離れていく可能性があります。表面的なオブジェクションハンドリングを繰り返すほど、「この営業は自分を理解してくれていない」という印象が強まります。こうなると、商談は泥沼に陥りやすくなります。
最終的に、オブジェクションハンドリングを続けても購買に至らないお客様に対して営業は「特別値引き」という手段に出ることがあります。しかし、これでクロージングをした場合、お客様は「安くしてくれたから買った」という心理が強化されます。値段で選んだお客様は将来的に値段を理由に他社へ乗り換えやすくなります。

営業では「深掘りと対話」が重要です。
- 「提案が良い」と言っていただいた場合、なぜ良いと感じたのか、本音はどうなのかを掘り下げる
- 「この場で決めるのは不安」と言われた場合、どのような不安を抱えているのか、現実的なネックは何なのかを探る
表面的な話術よりも「お客様をとことん理解する」ことの先に幸せな受注があります。

オブジェクションハンドリングを意識しすぎると、お客様を「攻略すべきターゲット」として見てしまうことがあります。しかし、重要なのは「自分はお客様について何を知らないのか?」を常に意識し、それを理解しようと努めることです。
営業で覚えておくべき「認知的不協和の理論」
営業活動をしていると、クロージングの段階でお客様から「とはいえ…」「いや、そうは言っても…」といった反応が出ることがあります。こういった場面に対して、多くの企業では営業に「こう言われたら、こう返しなさい」といったトレーニングが行われています。
例えば「サービスを使いこなすのが難しそう」というお客様には「当社のサービスはこのように使いやすいです」と強みを訴求したり、デモンストレーションで特定の機能を強調したりする企業も増えています。
しかし、人は基本的に他人に説得されることを好まないものです。あまりにも鮮やかに反論されるとお客様も身構えてしまい、反発心が強くなることもあります。ただし、だからと言ってお客様の異論や反論をそのまま放置したり、単に共感したりするだけでは納得してもらうことはできません。
営業では心理学について詳しくなる必要はありませんが、それでも覚えておくべき理論があります。それが「認知的不協和の理論」です。人はモヤモヤを感じたとき、必ずそれを解消しようとします。そして、その解消方法は大抵の場合、自分を守るか、正当化する方に働くのです。
経営学者の金井壽宏氏は「経営学には正解がない、心理学には正解がある」と言います。
経営は変数が多いです。企業にはさまざまな関係者がいて、どのような理論であっても適用できる範囲が狭いです。ある理論があったとしても、実際にその理論が当てはまるのはせいぜい1割程度だということです。
心理学では、例えば「ある状況で人がどのように行動するか」についての実験が行われます。そして実験を行うと、やはり一定の傾向が見られます。つまり、人の行動には明確なパターンがあるのです。
状況を非常に限定した時、人の心がどのように動くかについてはさまざまな角度から研究が進められています。人がモヤモヤした時にどのように行動するかについては多くの研究者がこれまで数多くの研究を重ねてきました。そしてその結論として、人は自分を正当化する方向でそのモヤモヤを解消する傾向があると言われているのです。
そのため、お客様を正面から論破したり説得したりしようとする営業は、例えば押しに弱い性格の方には通用することもあるかもしれませんが、全体的な傾向としては上手くいかないということです。
もちろん人は機械ではないので、1000人に実験をして800人がある傾向を示したとしても、200人は違った反応を示すことがあります。それでも1000人中800人が同じ傾向を示すのであれば、その傾向は一般化できます。
このレベルで考えると、お客様の意見と営業の意見が食い違った場合、お客様は「この営業はうちのことを理解していないんだ」と結論づけて「この営業は信用できない」と心の中で整理してしまうことが多いと言えるのです。そのほうがお客様は自分を正当化できて気持ちが楽になるのです。
「営業としての実力」で受注率を上げよう
では、どうすればお客様のモヤモヤをうまく解消し、クロージングの成功率を上げることができるのでしょうか。
弊社の調査ではお客様が接する営業の6人に5人は「好ましくない営業」という結果が出ています。この点については弊社代表高橋の著書『無敗営業 「3つの質問」と「4つの力」』(日経BP)にもありますが、6人に1人の営業は「当たり」で、残りの5人は「ハズレ」なのです。そのため、「6人に1人の『当たり』の営業が自分の前に現れて、なんてラッキーなんだ」とお客様が感じられるような営業をすることが重要です。
お客様に「この人は世の中の多くの営業とは違う行動をしている」と感じてもらえたら、「この人は6人に1人の優れた営業かもしれない」と考えてもらえる可能性があります。そうなるとお客様はその営業との関係を大切にしたいと感じるはずです。
こうした方向でお客様のモヤモヤを解消していけばクロージングはうまく進むことが多いです。『無敗営業 「3つの質問」と「4つの力」』(日経BP)にも載せていますが、お客様が外部の発注先を選定する理由として「営業を見て良いと思った」という項目のスコアは非常に高いです。「ちゃんと課題を解決してくれそう」「費用対効果が良い」に次いで、第3位に「営業を見て良いと思った」という項目が来ています。
つまり、営業が勝負できる領域は実は非常に広いということです。ただし、難しいのは多くの営業が行っている平凡な行動をしてしまうと「またこのパターンか」とお客様に思われてしまうことです。そのため、「あれ、この営業は他とはちょっと違うぞ」と感じてもらうことが重要です。
例えば、メールを書く際はお客様に合わせた内容で書くことが大切です。もちろん、マーケティング施策としてテンプレートの文章を一斉に送ることが必要な場合もありますが、営業が個別に送るメールではお客様の文脈に合わせた表現をするようにしましょう。そうすることでお客様は「この営業はテンプレートの文章を送っているのではなく、自分に寄り添ってくれている」と感じ、「こんな丁寧な営業に出会えて自分はラッキーだ」と思ってもらえるのです。
「例外的に良い営業が来てくれた」という認識を持ってもらうことで、認知的不協和を解消することが重要です。具体的に社内で出来ることとして、購買部門の人たちに話を聞くことがおすすめです。人事部やマーケティング部などは予算を持っているため、多くの営業を受けています。彼らは豊富な経験を持っているので、「営業にされて嫌だったこと、嬉しかったこと」を聞くことで「営業で選んでもらうための重要なヒント」が得られるでしょう。