メンバーのスキルと意欲は人それぞれ異なる
今回は「メンバーのスキルと意欲に合わせた営業マネジメント」についてお伝えします。
「売る力はあるのにメンバーの力を伸ばせない営業マネジャー」から相談を受けると、共通する口癖として「当たり前」「常識」「普通」の3つが非常に多く出てきます。そのような口癖が出るのは「できる自分を基準にしている」ことが原因です。そのような営業マネジャーは一歩引いてメンバーのスキルと意欲に合わせたマネジメントをすることが重要です。

元エースの営業マネジャーが考える「これぐらいできて当たり前」「これをやるのが常識」「普通はこれぐらいやるよね」はメンバーにとって重過ぎます。マネジャーの「基準」がどの位のレベルなのかを冷静に見極めないと組織が回らなくなります。マネジャーの右腕がいないチームではこの類の進言がされません。

プロ棋士の藤井聡太氏は対談本の中で「難易度の階段」について述べており、メンバー育成に関わるマネジャーにとって非常に参考になる金言が多いです。メンバー育成の入り口は「弾みをつけること」で、ある程度力をつけたら「実力より少しだけ上のチャレンジ」をしてもらうことが最適です。こういった「難易度の階段」を設計することが重要です。

例えば、「売上を増やしたいが案件が作れないメンバー」に「訪問数を増やせ」としかアドバイスをしない営業マネジャーは全体の9割を占めます。メンバーは「会ってもらえても案件につながる道筋」がわからないと頑張れず、そのうち心が折れてしまいます。そのような場合、案件を増やすためにどうしたらいいかをブレイクダウンして支援する必要があります。

一方、「チームの中に力のあるエースがいる」にも関わらず、数字を稼いでもらうだけに留まっているケースも多いです。売る力のあるメンバーがいたらチームに「教材」を供給してもらいましょう。商談録画、提案書サンプル、メールのひな形、お役立ちツールがあるだけで「真ん中レベルのメンバー」はすごく助かります。

メンバーが売れるようにサポートしよう
「名選手、名監督にあらず」という言葉があります。優れたプレーヤーが必ずしも優れたマネジャーになれるわけではない、ということです。
実際、営業の世界ではかつて卓越した営業だった人がいざマネジメントの立場になった時に上手くいかないケースがよくあります。営業マネジャーとして「メンバーが売れるようにサポートする」ことと「自分で数字を作り出す」ことは異なるからです。プレーヤーとして優秀な人ほど目の前の数字を自分で達成してしまう方が簡単に思えるものです。しかし、その方法ではチーム全体が成長せず、最終的には限界が来てしまうのです。
この問題は営業の世界だけでなく、他の分野でも見られます。例えばエンジニアが「自分でコードを書いた方が早い」と感じたり、デザイナーが「自分でデザインを仕上げた方が効率的だ」と感じたりすることがあるでしょう。それだけ「他の人に任せる」ということは難しいのです。
「プレーヤーとして能力が高い人はできない人の気持ちがわからない」ということが一般的に言われています。実際、そのようなことは多いです。しかし、他の人が自分と同じようにできるようになるまでには時間がかかるのです。
マネジメントでは「難易度の分解」が非常に重要です。自分が上達してきたプロセスを冷静に分析し、段階ごとに分解するのです。
ここで重要なのは「メンバーの成長スピードに対する自分の期待値を調整すること」です。自分が早く成長したからといって他のメンバーも同じスピードで成長するわけではありません。その成長スピードのギャップを埋めていくことが効果的なマネジメントの鍵となるのです。
「早く成長してほしい」という期待があるのは当然です。しかし、自分がそのスキルを習得するのに7年かかったとすれば、同じスピードで成長したとしても他の人も同じように7年かかるはずです。しかし現実には、例えば今期の目標達成が危機的な状況にあると「まずは年内に成果を出してほしい」という気持ちが生まれることがあります。
マネジメントの鍵を握るのは「2つの時間軸」
ここでの課題は、自分ができなかったスピードでの成長を他人に求めてしまうことです。この点について、「2つの時間軸」を持つことが重要です。1つは会社が設定した売上目標やお客様から求められるスピード感といった「外部から与えられる時間軸」です。この「外部から与えられる時間軸」だけでマネジメントを行うとメンバーが追い詰められ、無理な成長を強いることになります。
もう1つの時間軸は「人としての自然な成長に基づく時間軸」です。人は急には成長しません。しかし、つい自己正当化バイアスが働いて、例えば自分が7年かかったことであっても「効率的にやれば3年で済むはずだ」といったように思いがちです。ところが、実際には人はそれほど簡単に成長するわけではありません。成長には相応の時間がかかるのです。
特に自分より年上のメンバーや同世代のメンバーをマネジメントする場合、「これだけの人生経験があるのだから、これくらいはできて当然だ」という期待を持ちがちです。しかし、そうした過度な期待を抱かず、メンバーの成長を自然な時間軸で見守ることが大切です。
人を自分のペースに合わせて成長させようと急かすと、人を「手段」として見てしまいがちです。「人はリソースなのだから当然ではないか」という意見もあるかもしれません。もちろんそれも1つの考え方ですが、人を手段としてのみ見ると、最終的には人生が虚しく感じられてしまいます。同じ時代に仕事で縁があった相手ですから、お互いにとってプラスになるような関係性を築ければ最も良いはずです。
それには、無理に成長を強要しないことが重要です。
ただし、意欲がある人にはどんどん成長できる環境を提供することも必要です。ここで行き着くのが「難易度の階段」です。弊社も「難易度の階段」を設定してメンバーの成長をサポートしています。
「難易度の階段」でメンバーの成長を後押ししよう
これは営業職の方だけでなく、コーチやコンサルタントのような仕事をしている方、さらには内勤業務を担当している方にとっても当てはまる話です。それぞれの役割に応じた「難易度の階段」を設け、全員にその内容を説明します。そして、面談を通じて「今、あなたはこのレベルにいますよね。次のステップに進むには、これが必要です」と具体的に伝えることで意欲のある人はどんどん成長していくことができます。
ただし、意欲そのものはそう簡単に引き上げられるものではありません。マネジメントに悩む人というのは非常に高いモチベーションを持っていることがほとんどです。自分自身が高いスキルと意欲を持っているために他人とのギャップに苦しみ、「なぜやらないんだ」と感じてしまうのです。しかし、「難易度の階段」を設計し、メンバーがそのステップに対する現実的なイメージを持てるようにすれば、人は自然とその階段を登り始めるものです。
メンバーの成長を見守る際に1番の障壁となるのは焦りです。営業マネジャーをしていると「チームとして早く成果を出さなければならない」「お客様に迷惑をかけられない」という焦りが生じることがあります。確かに、お客様に迷惑をかけないことは重要です。そこで先ほど述べた「2種類の時間軸」が重要な意味を持ちます。
1つ目の「外部から与えられる時間軸」は確かに1つの時間軸として重要です。しかし、もう1つの「人としての自然な成長に基づく時間軸」を無視してしまうと人を追い詰め、最終的にはチームやメンバーを壊してしまうようなマネジメントになりかねません。だからこそ、この2つの時間軸を意識しながらバランスの取れたマネジメントを行うことが重要です。